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麗しのサブマリン
9 海老原自転車店。 ユニフォーム姿のまま、まともに走れなくなったアルベルトを引き連れて立ち寄った。 ぴかぴかで銀色の自転車が展示されている横で、油にまみれた器具や鉄パイプが転がっている、白と黒の空間。 職人肌の頭の禿げたおじいさんが一人で切り盛りする昔ながらのお店。親の代からお世話になってるということですっかりヒカリも馴染みの客としてぶらりと寄ることが多く、寄れば油差してくれたり、空気は入れてくれるわ、軽いパンクならタダで直してくれる。 海老原のおじさんは穴の空いたチューブを見るや、いつも通りだなと笑う。 「空気の入れすぎで思い切り踏み込んだんだろう?」 「そうかなー? そんなつもりないけど・・・・・・」 急いでいる時に限って、盛大な破裂音を伴ってパンクする、この自転車。急いでいれば、慌てて思い切りペダルを踏みこむという気持ちがあったかもしれない。 「あー、でも、受験前とか前日に空気入れてたな。あん時はマジでビビったね。だって、受験の日にチャリがパンクだなんて不吉な」 「慎重すぎるのもよくないこともある。それにしても、今回はなんで急いでいたんだ?」 「ん〜、バイトに遅刻しそうだったの」 「珍しい」 「でしょ、だから慌てちゃってさ」 「珍しい、といえば、今日はユニフォーム姿だな」 海老原老人はヒカリの姿格好に見とれるように言う。 この人も野球好きなのだ。 (ていうか、典型的な長嶋好きな巨人ファン) ヒカリはそれを知っているから、この姿で寄ったのだ。 「草野球チームにね、入ってみたんだ。どう、久しぶりのユニフォーム姿、似合う?」 「似合うな。試合はいつだ、見に行くぞ」 「ありがと。まだわかんないけど、またマウンド立つよ」 「そうか、がんばれよ」 簡単な言葉しか口には出さずとも、海老原老人はヒカリの背中を軽く叩いて激励する。 「それで、アルベルトは今乗っていくのか?」 「いや、帰りに寄るからさ、そん時までに直しておいてもらえれば、ありがたいかな」 「何時になる?」 「夕方には戻るとは思うけど」 「そうか、わかった。暇を見つけてやっておこう」 「お願いします。で、それとなんだけど、お母さんが来ても、このこと、言わないでね」 チームロゴをつつきながら、念を押すように笑顔で。 作品紹介へ/ 次へ |
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