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麗しのサブマリン

12

 片づけが済んだ帰り際、ヒカリは監督に呼び止められた。
 ジュンと槙原姉弟を先に行かせ、ベンチに監督と二人で座る。
「来週の試合、投げてみないか」
 単刀直入に用件を述べてきた。
「先発、ですか?」
 途端に熱くなる。
「隣町の六郷ロケッツといってな、商店街のチームなんだが」
「え、でも、ココのエースって滝さんなんじゃないんですか? あたしは新入りですし」
 きっと顔には投げさせてくれと書いてあるのに、どうしてこうも謙虚になってしまうのかと、ヒカリは心の中で笑う。
「いや、滝のボールにはやつらは慣れすぎた。いつも試合をしてるメンバーでな。いつもとは違うことが必要なんだ。そこでアンダースローは強力な武器になる」
 確かにいつも左オーバーの滝のボールに打ちなれているのであれば、右アンダーのヒカリのボールは変則だ。ボールの出所がまったく違う。バッターから見て、右上から振り下ろされるボールに慣れているのであればこそ、まったく逆方向である視線の左下から浮き上がるように伸びてくるヒカリのボールは脅威になるはず。
「えーと、それじゃあ、ぜひお願いします」
「いや、こちらこそお願いする」
「はい、がんばります。完投します。一点もやりません!」
 ヒカリは目を輝かせて早口にまくし立てる。
「その意気込みはいいな。ナイスピッチングを期待する。それと……」
「それと?」
 監督の目はサングラスに阻まれて窺い知れない。
「プロ選手の石崎とは知り合いか……?」
 ヒカリは苦笑する。監督が知っているということは石崎が連絡を取ってきたということだ。
(あたしに連絡しないで先にチームか)
 ヒカリは思わず苦笑した。
「ええ、まあ。昔のライバルってところです」
「ロケッツの山本さんがOKを出せば向こうのチームに加わるそうだ。今回だけ特別にな。ああ、山本さんって言うのは今度の相手チームの監督だ」
 自分がどんな表情をしたかわからないが、急に照れくさくなってヒカリはそっぽを向いてしまった。
「すいません、無理を言って」
「公式の試合ではないからな。大概の無茶は通せる。だが、試合は試合だ。個人的な対戦を楽しむのは結構だが、先発を任せる以上、チームに貢献して欲しい」
 心をきゅっとつねられる、当たり前の話が身に応える。
「わかってます」
「頼んだぞ、私だけではなくチームのみながお前に期待している」
 大のおっさんが若い娘のピッチングに期待するのだ、それはそれでおかしい。ヒカリはにやりと笑って応えた。
「大丈夫です。あたしはいつだって冷静ですから」
 そう言い切って、土ぼこりが無人のグラウンドに舞う中、ヒカリはドラムバッグをぶらさげて帰路についた。鼻歌を口ずさみながら。


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