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麗しのサブマリン

15

 今風の丸みを帯びたデザインに淡いグリーンのカラーリング。香織の新車らしい。ヒカリは助手席に腰をおろし、シートベルトを締める。
「何台目?」
 この人にとっては良くある話なのだ。
「まあまあ、そんな話はいいじゃない。それでさ、スタッフに欠員が出ちゃたのよ。ただでさえ、人手が足りない自転車操業だってのにねー、それでヒカリちゃんに助っ人をまた頼みたいと思って直接馳せ参じたわけ」
「それは電話で聞いた」
「うん、場所がちょいと山奥で二泊三日になるわけなのさ。ホントは電車で行った方が早いんだけどね、この車全然動かしてなかったからこうやって車でゴーってところ。真夜中にすっ飛ばせば朝から動けるし、一石二鳥でしょ」
 寝る時間が計算のうちに入っていないとつっこみたかったが、二泊三日というところで引っかかる。ちょうど、試合の日を挟んでいる。間違いなく、これに乗って、ロケに突き合わされれば試合に出れることはまずない。
「どしたの? 表情が沈んでるよ」
 表情を変えず、前の車のハザードランプを睨みつつ。
「なんでもないよ」
「ふーん、それならいいけど」
「眠っていい?」
「いいよ。音楽消そうか。それにこれからずっと高速だから同じような風景続くし」
 香織はオーディオのスイッチを慣れた手つきでオフにして、ガムを噛む。
「悩みがあるなら聞くけど?」
 ヒカリにガムを勧めながらも、寝ることに気付いてもう一度しまう。
 その表情は明るく、とても機嫌がいいというとわかりやすい。この車を運転できること、それがなにより楽しいと顔に書いてある。
 ヒカリは戸惑った。言葉に詰まる。なんと言えばいいのだろう、素直に思いつかない。
「この前の彼のこと?」
 ヒカリはゆっくりと首を振る。
「単位落としたとか、なんか問題やらかした、とか? ま、あたしなんてしょっちゅうだけどねー」
 アハハハー、と笑いながら。
「ごめん、眠いなら黙ろうか」
 高速の高架を登りながら、ヒカリは目を細めた。
 これに乗ったら、もう試合の日に帰って来れないのだ。
 いやむしろ、これでいいのだ。
 ヒカリは目を閉じて、静かに自分に言い聞かせる。
 仕事なら、仕方が無い。いくら頼まれたとはいえ。
「今日は静かだねえ、ちょっと飛ばそうか」
 それをヒカリに言ったのか、道路状況の様子なのか、むしろ両方なのか、ヒカリとしてはどっちでもよかったが、言葉どおり、車のスピードは上がっていく。
 銀色の穴ぼこの奥底で輝くスピードメーターは待っていたとばかりに数字を伸ばす。



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