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麗しのサブマリン

19(エピローグ)


 駅前にあるファーストフード店の窓際の席に陣取って、ユキは今日の授業はどうだったこうだったと独りでに喋り始め、ジュンは終始相槌を打つ格好となった。塩をよく振られたフライドポテトをひとつ、またひとつつまみ、特に口を挟むことなく、適度に笑い、適度にそうなんだと相槌を繰り返した。
「あー、もう、ポテトを一人で全部食べないで下さい!」
 ムキになってケースをひっくり返すが小さいのがポロリポロリと落ちてくる程度だった。
「先輩、ずるいです、一人で食べちゃって」
 ジュースのカップを握り締めて切なげに訴えていたが、ジュンとしてはそれだけの時間がたったんだなあというくらいである。
「それで、写真は出来たの?」
 ジュンの言葉を受けて、きょとんとして数秒、ユキは手を叩いて思い出した。
「そーなんですよ、この間の試合の写真、出来たんですよ!」
 バッグの中身をごそごそ漁って、なんちゃらフィルムと横文字印刷された写真屋の封筒から目を輝かせて写真を取り出す。
「これこれ、見て見て! すごいプロっぽくないですか?」
 ジュンに差し出された写真はファルコンズのユニフォームを着たヒカリの真剣な表情の投球フォーム。いつかユキのデジカメで撮った写真も映えていたが、今回のは一味違った。
「これ、高いカメラ使ってるでしょ」
「わかりますー? お父さんの高い一眼レフ借りてきたんですよ、足つきで。一塁の奥でごちゃごちゃやってたじゃないですか、あたし」
「そうだったんだ、試合に集中してて気づかなかった」
「あー、ひどい。でも、いいんだもん、こんな立派なの撮れたから」
「他に無いの?」
 テーブルに置かれた写真を触ろうとしたとき、ジュンの手をユキが払った。
「手拭いてください〜」
 腫れ物を扱うような素振りで差し出された写真はヒカリ対石崎のものだった。
「これなんか、ホントすごいですよー」
 一枚はヒカリの内角の変化球によって石崎が空振りしている写真だった。その場の空気感を閉じ込めたようなアクション性のある一枚。
「すごいね、まるで漫画のワンシーンみたいだ」
 そしてもう一枚。それは……今度は石崎がヒカリのボールを捉えた瞬間だった。
 スイングとボールとがちょうどぶつかった、ほんの一瞬。
「これ、すごいな。ほとんど当たってるじゃん。再生押せばすぐにでもボールがレフトに飛んでいきそう」
「なんていうか、目を閉じれば映像が浮かぶっていうか、そういうのですよね。あたし、こういうの撮りたかったんですよ〜。もー、だからすごく嬉しくって」
 鮮明さも去ることながら、本当に活きた一瞬を捉えた写真。事情を知っているものだからこそ、その場の感動がリアルに蘇る。例え事情を知らなくて、なんとなく状況を思い浮かべやすいストーリー性のある一瞬。感動をみんなに伝えたいという余計なお世話なユキらしいコンセプトをもったものだった。
 じっとジュンは打たれる瞬間の写真に目を通す。
 球の位置をじっと見つめる。
「やっぱり・・・・・・真ん中だよなあ」
「どうしたんですか?」
 一呼吸してから、ジュンは写真のボールのコースに指を置いた。
「このボールのコースね、どうみても、ストライクゾーンのど真ん中だよね?」
「そうなんですか? よくわからないですけど」
 まあわからないだろう。ジュンは一人で納得する。
「要するにね、バッターの一番打ちやすいコースなんだよね」
「だから打たれたんですか?」
「いやまあそうなんだけど、問題はそこじゃなくて」
「そこじゃなくて?」
「僕はそっちの写真みたく、内角の変化球を要求したんだよね、ほら、キャッチャーってサインするじゃん、直球を外角低めに、とかさ」
「わかりますよ、ヒカリさんがよく言うインを付くとかアウトローとかいってるやつですよね?」
「まあそんなもん。で、このとき、僕は内角の低めに落ちる球のサインを出したんだよ。それでヒカリさんは首を縦に振った。つまりオーケーを出した」
「え? でも、さっき、先輩はこの写真を見て、どうみてもど真ん中だって」
「そうそう。サインとは全然違う球を投げてきた。ストライクゾーンど真ん中のストレート」
「え〜っと、コントロールミスってあるんですか?」
「いわゆる失投って奴ね。練習時は結構やってたじゃん、てゆうか、ヒカリさん、失投すると今のは失投だって必ず言うんだよね、うまくいかなかったって。うるさいくらいに」
「っていうと、わざと?」
「いやだから、どうなのかなって。あんなところに投げたら、そりゃ打たれるよ。まして相手は仮にもプロ野球選手だよ。いくらプロにくりゃべりゃ球が遅いったってねえ、ど真ん中に投げれば打ってくださいって言ってるようなもんだからさ。まあ、確かにど真ん中のストレートで強打者を抑えたら箔がつくけどね、それだったらサインを無視しなくてもいいし」
「じゃあ、打たせてあげたとか」
「まさか」
 打たれたあとのヒカリはまるで別人だったのだ、あの涙はウソではあるまい。
「で、気になったんで、打ち上げのとき、聞いてみたんだよね」
「あ〜、打ち上げあたしも行きたかった〜」
「まあ未成年は入店お断りだったからね」
「先輩だって、未成年だし、ヒカリさんだって未成年なんですけどー」
「まあまあ、そんな細かいことは置いといて。それで、聞いてみたんだよ」
「置いとかないで下さい、あたしだけ除け者ですかそうですか。って聞いたんですか?」
「うん、軽いノリで。そしたらさ、サイン通りに投げたよ、だってさ」
 ふっと二人で目を写真に落とす。
「なんていうか、そこまでしてど真ん中で空振り三振を取りたかったのかなあ」
「もしかしたら、打たれたかったんじゃないですか? 昔みたいに」
 その後、日が沈むまで二人の議論は絶えなかった。




 あー、もしもしー、お久しぶりー、元気してますかー。
 って、さっきまでテレビ見てたから、そういう風に聞くのも変な気分。
 あー、見てたよ、全部。一打席目の二塁打も二打席目のサードゴロもその後の連続三振も全部。ビデオに撮って三回くらい見たかな?
 三振した後にこういうのも悪いんだけど、ずばりさあ、内角の落ちる球に弱いでしょ。
ほら、半年前のあたしとの試合ン時も同じ球で空振りしてた。
 あの時はまさかな、って思ったけど、けっこう図星でしょ。
 やっぱり?
 開幕のときは調子よくて三割打ってたけど、ゴールデンウイーク越えたあたりから二割前半でしょ。たぶん、相手チームがみんながみんな気づいたんだよね。その証拠に三振が倍くらいに増えてるし。
 チェックしてますよー、っていってもメモとってるわけじゃないけどね。
 なんだったらあたしのシンカーで特訓してあげようか? 何十球でも何百球でも放ってあげるよ〜。
 アマチュアの球なら打てるって言い方、むかつくなあ。まだ打ってない癖に。空振りしたくせに。
 って言っても、そんな暇ないか。今一軍だもんね。日本全国渡り歩いてるんでしょ。
 移動日とかって大変そう。
 まあ、オフのときは覚悟してね。変化球攻めにしてあげるから。
 あー、それにファルコンズのみんなも待ってるよ、また野球したいって。アマチュアとやるなとかいうことでもないでしょ、遊びでやるならいいんじゃない? いつかみたいに。
 んー、勝負は真剣だけどね。
 でね、今日は別にそんなことを伝えにきたわけじゃなくてさ。
 ちょっとお礼を言おうと思って電話してみたのさ。
 サイン色紙。贈ってくれてありがとう。バレンタインの一ヶ月遅れのお返しかと思ったよ。そうそう、あんたんとこのキャンプに押しかけた奴ね。いやー、まさか鹿児島まで行くとは思わなかったよー。我ながらよく行ったもんだ。プロのキャンプの練習見たかったんだよー。いやほんとだってば。ってそんなことはどうでもいいの。
 っていうか、まったく、あたしの誕生日なんて誰に入れ知恵されたのかね。びっくりした、だって四角形な宅急便が来て、封開けたらプロ野球選手の直筆サインが五枚入ってんだもん。
 いやー、でも、女の子の誕生日にサイン色紙贈る奴ってどうなのよって思ったけどね。
 相手があたしだからいいもの・・・・・・あぁ、別に気にしてないよ。
 らしくていいんじゃない? ただ一般論を言ってみただけ。うん。
 ホントに嬉しかったってばさ。例えそれが一流半の選手ばっかりでもね。
 いや、一軍半かな。
 これでもサイン持ってるんだよ、一流選手直筆の。オークションに掛けたら高値で売れそうな奴とか。そうそう、出待ち出待ち。
 飾んないよ、閉まっとくの。汚れたらヤだもん。
 あ、でも、一枚だけ飾ってあるよ。
 誰のかって、そんなの誰でもいいじゃん。
 一番汚れてもよくて、見映えのする奴だよ。よく考えればすぐわかるでしょ。
 わかんないなら下手に考えないで、変化球打ちの練習でもしてろって。
 ああ、もう寝る? 
 そうそう、不摂生にしないでとっとと寝た方がいいよ。成功するまでは。
 まあ、あんまり宴会とか興味なさそうだし、野球バカだから、大丈夫か。
 うん、とっと寝なさい。はい、おやすみ。またね。


『麗しのサブマリン 西原ヒカリさんへ
 二十歳の誕生日おめでとう
 これからも野球を楽しくやろう   石崎 隆 』






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