MisticBlue小説コーナートランスポーター web版(DL版はこちら→txtzip)

「トランスポーター」


 1.厄介な荷物を積む夕方
 2.日暮れ時の変装
 3.真夜中の打ち明け話
 4.朝もやの臨検




 ――個人行商の時代は終わりを迎える!
 ――物資の大量輸送による新たな流通で、すべての都市に豊かさを!
 それが帝国貨物陸上運送部時代から変わらない輸送管理官(トランスポーター)の標語だった。
 そう、鉄道の貨物コンテナのプラットホームにはいつも彼らが立っていた。
 その中の一人、カート=シーリアスは軍服のような制服の上着を肩にかけ、シャツに汗が染みているのも気にしない様子で、荷役の作業をじっと見つめていた。短い黒髪に制帽をしっかりとかぶり、漆黒の双眸が荷役の男たち行動一つ一つを捉えていた。
 鉄道の貨物コンテナに運び入れる木枠の巨大なカゴ。大きな車輪を取り付けることが出来、小型のレールの上を走る。それはそのままカーゴと呼ばれ、そのカーゴに引出しの様に組み合わせられる箱をボックスと呼ばれていた。カーゴは主に大きい荷物を単独で積む。あるいはボックスをいくつも積み込む。ボックスは小型のローラーの上を転がして移動し、やがてカーゴにはめこまれる。
 貨物コンテナの中は大抵この二つで占められている。カーゴやボックスの中身、積荷の中身に関しては荷役は触れることは無い。荷札に書かれた情報以上、知る由も無ければ知ったところで意味は無い。
 赤い荷札のカーゴが貨物コンテナの前に到着するなり、カートは大声をあげた。
「それは誤着の荷物だ! 一番端に寄せといてくれ!」
 誤着、仕分けの時点で行き先が間違われ、異なる届け先に行った荷物のことだ。普通の取り扱いとは違うという意味合いが強かった。
「了解だ、若旦那!」
 荷役の中年の男が要領を得たとばかりに大きな声で返事がする。
「順調のようだな」
 荷役に指示するカートに声をかける老齢の車掌がいた。名をホワイト=オーグリーといった。
 頭髪と髭は真っ白だが、眼光は鋭く、背筋がぴんと伸びている。
 カートは振り向き、さっと敬礼をする。眉の上あたりで、帽子のツバを少し持ち上げるような、右手をかざす帝国式敬礼だ。
「旧帝国式か。私の前以外ではしない方がいいな」
 といいつつ、オーグリー・キャプテンは旧帝国式敬礼で返した。
「俺は新政府が嫌いです」
「なるほど。それは結構なことだ。私も嫌いだ。年寄りと病人は早々に引退をしろとうるさいからな」
 片目だけ視力が下がってしまったらしく、片メガネがトレードマークとなっていた。時々、片メガネをいじり、調整する。
「……目の具合はいかがですか」
「悪くは無い。良くもないがな。それより、今回も定刻通り出発できそうかな」
「はい、搬入工程は最終段階に入りました。遅れはありません」
「結構。厄介な荷物は積んだかね?」
「……先ほど」
 思わずカートは言葉を詰まらせた。
「わかりません。なぜあのような荷物が我々のところへ?」
 率直な質問が生真面目な眼差しとともにキャプテンを貫いた。
「気になるか。簡単に言ってしまえば、煙たがられている証拠だ」
 カートの肩を叩きながら、親しげな口調だった。
「目的地に届ければよし、もしも露見してしまえば社内の帝国シンパを一掃して新政府に鞍替えするつもりだろう」
「俺は帝国のシンパではないつもりです。新政府なんてもってのほかですが」
「旧帝国式の敬礼を続けることは、それだけで新政府組織にとっては厄介者に見えるだろう。なにしろ帝国陸運の創設者はロイヤルブルー帝国皇室だからな。帝国シンパがいくらでもいる。社名は変わろうと、分社しようとロイヤルブルー(帝国皇室)を示す青服、青帽を変えようが紋章は変わらないだろう?」
 キャプテンは笑っていたが、カートは笑えなかった。
 輸送管理官の制帽の正面には帝国陸運時代から変わらない紋章が縫い付けられている。
 役割と精神は変わらないといったところだろうか。
「そんなところだろう。新政府組織がある限り、いつかは赤帽に変わるだろうがな。だからといって、我々の仕事が変わることは無い」
 カートには赤帽をかぶって喜ぶ女の顔がカートの脳裏をよぎった。
 遊び半分で買ってやって、似合うなどおだてたのがそもそもまずかったのだ。
「……俺は……依頼主の荷物を、確実に届け先に運ぶことです」
「……それでいい。お前は生粋の輸送管理官だな。さて」
 搬入の作業工程は、と視線を向けなおすと、どうやら順調であるようだ。貨物コンテナには荷物が移動しないようにつっかえ棒がそこら中にさしこまれる。作業は終わりに近い。あとは荷物を動かすためのレールとローラーを片せばよいだけだ。いわば道具の後片づけで出発には支障は無い。
「若旦那! 作業終了だ」
 汗と日に焼けた中年の顔が楽しそうに報告する。
「確かに荷物は受け取った。いつも素早い作業で助かる」
「旦那の段取りがうまいんだ、俺達だって助かってる。早く終われば早く飲みに行けるしな!」
 日は傾いてきているが、まだ日暮れ前であることにカートは苦笑する。
「これ、少ないがみんなで分けてくれ」
 厚ぼったい上着のポケットから紙幣を取り出して、無造作に男に握らせる。
「こりゃどうも……へへ、たまには旦那も一緒にどうです?」
「馬鹿いえ、俺はこれから出発だよ」
 上気分の男を見送っていると、がしゃんと大きな金属音が響いてきた。鉄道の車両と車両を繋ぐ音だ。
「相変わらずだな……荷役たちに人気があるわけだ」
「俺にはこれしかありませんから」
 カートは柱に架けられた埃だらけの時計を見る。そして、上着のポケットから懐中時計を探し出し、その時計と照らし合わせた。時刻にズレはない。
 出発の時刻が迫っていた。
「途中、ベルクの駅に停車して休息を取る。故郷だろう、会える時に会っといた方がいい」
 カートの表情に影が落ちる。
「俺は輸送管理官ですから、荷物からは離れません」
 旧帝国式敬礼をしながら、答える。
「真面目だな」
 機関室から噴き出す蒸気の音が連続して聞こえるようになってくる。
 制服の上着を翻し、カートは機関室を見上げる。
「生粋の輸送管理官、か。俺がこんなだから、アイツは――」
 まるで返事をするように汽笛がこだました。


 帝都を出発して半刻。
 郊外の工場群の屋根が夕陽をまぶしく反射させている。汽笛の音に振り向く労働者たちは帽子を振っていた。彼らのつくったものが鉄道によって地方都市へ輸送される。そこからまた地方へ地方へ、中央で進んだ技術ある工業製品が浸透していくのである。それで生活水準があがるとされ、自分たちの労働は社会貢献だと満足する労働者もいた。それが鉄道を見送る労働者だ。また、その多くは農村出身の出稼ぎの貧しい男たちだった。
 たまたま車両連結部で帽子を振る労働者たちの姿が目に入り、カートは敬礼をして、彼らの見送りに応えた。もちろん、旧帝国式敬礼である。
 輸送管理官の義務だろうとカートは思う。
 労働者の姿が見えなくなって、カートは輸送管理官向けの寝台車から、たまたま隣の車両である自分の担当する三号車コンテナに飛び移る。ふきすさぶ風で車両から落ちてしまうと大事故に繋がるが、そんなことを怖がっているようではこの仕事は出来ないし、そんなことをしでかす輸送管理官はろくでなしの証拠だった。
 鍵を取り出し、コンテナの扉を開けようとして、手が止まった。
 制服の上着のボタンを全部留める。襟も直す。コンテナの扉の汚いガラス窓に覗き込み、自身の顔を映す。
 ――おかしなところはないか。
 しかし、また手が止まった。
「馬鹿馬鹿しい」
 そう自身に言い聞かせて、鍵を鍵穴に差し込む。鈍い音がして扉が開く。
 中は暑い。男たちの汗が染み付いており、やけにじめじめする。立っているだけで汗が出そうだった。
 大きなカーゴが鉄道の振動で小さく揺れる中、指示どおりに車内の端に置かれたボックスを見つける。辿り着くまでにいくつかのカーゴを自力で動かし、赤い荷札が貼ってあるボックスまで辿り着く。
 けっこうの重さのカーゴを自力だけで移動させたせいで汗が吹き出る。無意識のうちに上着の袖で汗を拭っていた。
 ――荷役時代を思い出すな。
 昔――といってもそれほど前ではないが、カートは荷役だった。その才気と真面目さを買われての出世である。夢がかなったと、そう一緒に喜んでくれた横顔を思い出す。
 ――いい加減にしろ、あいつはもう変わったんだ。
 自分自身に叱咤し、ようやく辿り着いた赤い荷札のついたボックスのフタに手を掛ける。
 フタにも鍵が掛けれているが、マスターキーで開ける。フタを開け、その中の麻袋をゆっくりと起こす。結ばれた紐を解いて、麻袋の口を広げる。
 ぶはっ!
 おおげさな呼吸音とともに豊かな青い髪が流れた。
 顔をぶるぶると震わせ、愛くるしい眼がぱっちり開かれた。
 だが、やがてカートの姿を捉えると鬼の形相に変わる。
「おっそいっ!」
 怒気を含んだ高い声が響く。
「あっついっ! もう、サイテー!」
 何も言わずカートは彼女を麻袋から出すが、彼女の口は止まらなかった。
「ホント、サイテー。汗まみれになっちゃったじゃない。なにがちょっとガマンよ、これだったら普通に……」
 カートは上着からハンカチを取り出すと、彼女の額と頬の汗を拭き取った。
 彼女は当たり前のその行為を受ける。
「待たせて悪かったな。俺の荷物に着替えが入っているはずだ、皇女様」
「全然尊敬の気持ちなんか無いくせに」
「ああ、そのとおりだ。皇室は崩壊して、今のあなたは荷物なんだからな、メリーベル嬢」
 メリーはカートの言葉を無視して、ハンカチをその手から奪い、乱暴にカートの顔を拭いた。
「私の服に汗を垂らさないでよね!」
 カートの汗を拭いた女性はこれが二人目だった。

 輸送管理官用の寝台車は個室と複室がある。個室は一人に一部屋用意されている待遇の良い部屋だ。複室は一部屋をカーテンで区切って二人で使うためのものだ。ベッドが二個あり、なおかつ二つに区切っているのだから狭い。とはいえ、旅客鉄道用の寝台車は二段ベッドが基本であるため、それを考えれば輸送管理官の寝台車は豪勢といえた。
 カートはいつも複室だが、今回ばかりは任務の特殊さもあいまって、個室が与えられた。
 機関室である先頭車両は二両目に燃料車両があるのであわせて一号車と言うが、車掌とカートの寝台車を挟んだ三号車にカートのコンテナ車両があるのも任務を円滑に遂行するためだった。寝台車は個室で、担当車両は隣。羨ましがる同僚にはたまたまだと説明するにも、あからさまな上からのひいきに見えなくもない。
 そしてさらに、厄介な荷物がある。
「水が温いわ、もっと冷たいのをちょうだい。なんなら、あっついのでもいいわ」
 体を拭くから水を寄越せ、でもその水が温くてイヤだという。
「無いものは無い。次の駅に着くまでガマンしてくれ」
 こうしてつっぱねると明らかに機嫌が悪くなる。唇を突き出して、子供の様に拗ねる。
 温い水でも使わずにいられず、タオルを濡らして体を拭いたのだろう。汗と埃にまみれていた肌が艶を取り戻し、着替えたフリル付の白いブラウスも相まって少女らしい愛らしさを誇っていた。
 香水もふったようで、さわやかな香りがカートの鼻をくすぐる。
「で、私の部屋はどこ? まさかあんたと一緒ってことはないわよね」
「俺がごめんだよ。この隣の部屋だ。誰も使ってない」
「そうねー、厄介な荷物はさっさと出て行くわ。汗臭い部屋にこれ以上いるつもりはないもの」
 鼻をつまんで、扉を叩きつけるように閉めて、部屋をうつる。
 カートはため息をついて、制服の上着を壁に掛け、業務日誌を書くために椅子を引いた。ゴトンといやな音がして、水が撒き散らされた。水桶を倒してしまったらしい。体を拭いたタオルも干すことも無く、桶に入れっぱなしでそれが絨毯の上に横たわっていた。
 カートはもう一度ため息をつく。
 柑橘系の香水の残り香がかすかに鼻をくすぐって、ますますイライラした。

 五号車は必ず食堂車と決まっていた。
 これは帝国陸運時代に統一されたことで今はどの鉄道会社も引き継いでいる。
 貨物コンテナの外部通路を伝わって五号車まで辿り着くと、そこはカートと同じ輸送管理官たちの溜まり場だった。食堂車といってもなんのことはない、パンと菓子と飲み物を配給する程度の休憩所だ。
 移動中の空いた時間は食堂車で雑談やカードゲームなどをして過ごすのが常で、今日もやはりカートの同僚たちはテーブルの上でくだらない話で盛り上がっていた。
 カートはそういった連中が嫌悪感をあらわにする。パンを買うだけ買って自室でかじるのがいつものことだった。
 だから、パンと、車両移動用のお茶の入った水筒であるティーボトルや携帯マグカップを持ち出しても誰も文句もなければ、違和感だと思うはずがなかった。だが、その日に限って、食堂車を取り仕切る中年の女性オーシャン=パステル、通称パステルおばさんはカートの注文にケチをつけた。
「今日はサンドイッチかい? なんだか女の子みたいじゃないか。“男は黙ってパンをかじれ”じゃなかったかい? サンドイッチは女子供の食べるもの、なんだろ」
 挟むのは大型の腸詰め肉や燻製肉といった肉類に適当なソースをかけるのが通とされていた。いつものカートは肉類はおろか、固いパンだけをかじっている硬派で、サンドイッチは女の食べるもの、という言葉は実際カート自身のものだった。
 それが今日に限って注文してしまったのだから、厄介な荷物のこともあって、思わずパステルを睨んでしまった。
「なんだい、怖い顔して。思い当たるフシでもあるのかい? 女の子のために、とか」
 車両移動用のバスケットにマグカップを二つ入れようとして、カートは手が止まる。
 パステルさんがふと後ろを向いた瞬間にマグカップを二つとって、バスケットにそっと入れる。
「あたしゃこれでも勘がいいんだよ」
 ウインクと一緒に紙で包まれたサンドイッチとティーボトルが渡される。
「パステルさん、なにを言ってるんだ」
「密入車って結構な罪になるんだろ?」
 今度はひそひそ声だ。
「ああ、しかも政治的な逃亡に利用した場合、かなりの重罪だ」
「新政府は旧帝国派を粛清したがってる、しかもキャプテンは旧帝国軍からの天下りだろう? 材料は揃ってるじゃないか。で、誰を匿ってるんだい?」
 好奇心丸出しの笑顔がカートに迫る。
 ――乗務員に内偵がいるかもしれない。
 帝国時代から内偵調査は盛んなのだ。それは政府が変わろうとスパイ活動は盛んだった。
「俺がそんなことするようにみえるか?」
 あくまで笑いながら立ち去ろうとするカートだが、またもや、パステルの言葉にひっかかった。
「ベルク駅で臨検あるらしいわよ」
 カートは思わず振り向いてしまった。
 軍、憲兵組織からの臨時検査、それは今カートにとってもっとも恐れていることである。誰かが密告するか、憲兵組織が事前に情報をつかんでいるかでない限り、臨検はありえない。もっとも、臨検があるという予測は出来てもキャプテンすらいつどこでという情報を知ることは不可能だ。知ってしまえば臨検という奇襲が出来なくなるので当たり前である。
 それをこのパステルおばさんは近々停車予定の駅であるらしいことを言い切った。
 痛いところを突かれただけにカートの反応も見事だった。
「ほら、やっぱり何か隠してるのね」
 おばさんはチャーミングに微笑んだ。
「……あいつがベルクの市民憲兵に勤めてる」
「ああ、彼女。元気にしてる?」
「……別れたよ」
 おばさんは驚いていた。苦しい逃げ方だった。


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