MisticBlue>小説コーナー>トランスポーター web版(DL版はこちら→txt、zip) 「トランスポーター」 1.厄介な荷物を積む夕方 2.日暮れ時の変装 3.真夜中の打ち明け話 4.朝もやの臨検 3 真夜中のビッグウエスト駅では燃料の補充と運転手の交代、各職員の食事として停車した。 停車中にメリーは素早く食堂車に移った。クリーム色のエプロンをして黒髪のカツラをかぶり、三角巾をすれば年頃のお手伝いさんとしか見えなかった。 「よく決心したわねぇ、奉仕する方よ」 いつも奉仕される側だった少女は苦笑する。 「部屋の片隅で怯えているよりはマシだわ」 「花嫁修業にはちょうどいいんじゃないかしら、お姫様」 花婿にカートを奨めるパステルおばさんに、メリーはさすがにコメントに困った。 「余計なお世話よ、もう。わたしにだって……」 「なにか言ったかしら?」 「なんでもないわよ! で、なにすればいいの!」 食堂車は食後のお茶をする輸送管理官の溜まり場である。だが、そこには珍しくカートの姿があった。駅で食事をして、戻ってきて以来、カートはずっと食堂車にいた。 「ほら、見て。口にはしてないけど、あなたのことが心配みたいね。カートなんて普段は食堂車に寄り付かないのに……そうだわ、練習がてらに彼にお茶を出してみて」 「はあ?」 思わずメリーは素っ頓狂な声を出してしまった。 端っこのソファーにじっと座っているカート。 「コーヒーでもいかが? カートさん」 気味が悪いほどのとびっきりの微笑えみでカートの顔色を窺う。 「あ、ああ、もらう。悪いな」 「いえいえ、お世話になっていますからね、カートさん!」 「ああ、そうだな――」 毒気のこもったメリーの言葉はカートに伝わらなかったらしく、彼はずっと考え事をしているようだった。 「どうしたの?」 「考え事だ」 「見れば分かるわよ」 「ほら、他のやつが待ってるぞ」 輸送管理官の同僚が手を上げてメリーを催促した。久しぶりの若い女の子の乗車で少しざわめき立っているようだった。 「俺、貴族の末裔でミハイルっていうんだ、キミは?」 貴族の名家分布図が頭に叩き込まれているメリーには、彼から家の名前を聞かされても呆れるだけである。メリーはうんざりしながら微笑みを返す。 思わずカートを見たが、彼は一向に自分の世界から出てくるつもりはないようだった。 「ねえ、パステルおばさん。私、カートになにか言ったかしら?」 「さあ? どうかしらねえ、あのコは悩みだすと誰にも相談しないからねえ。別れた彼女のことで思い出してるんじゃないかしら。次の駅のベルクってところは彼の故郷だから」 「彼女? 恋人いたの? へえ」 なるほど、となにか腑に落ちたように納得し、メリーはそれ以来その話はおろか、ほとんど口を利かなかった。 夜も更け、黙々と人気の無い食堂車をモップ掃除して、さすがにクタクタのメリーは椅子に腰掛けた。 「あ〜、疲れた。やっぱり営業スマイルはくたびれるわ……」 ぐったりとテーブルに体を投げ出していた。 「お疲れ様。助かったわ。正直、私もそろそろ年ね、疲れちゃうのよ。若い子がお手伝いしてくれると本当に助かるわ。でもさすがね、一つ一つの仕草が上品で」 お茶を差し出しながら、一気にまくしたてる。 メリーに比べて疲れてそうにも見えなかった。 「何にも出来ないプリンセスだなんて呼ばれるのは癪なだけよ」 「そう。立派なお姫様ね。なにか食べる?」 「いい」 なんだか馬鹿にされているようで、少しふくれっつらだった。 お茶を飲みながら一息ついていると、やがてカートがやってきた。 「荷物はパステルさんの部屋に持ち込むか?」 同性の相手の方が安心だろうというカートの提案だった。 「さっきの部屋じゃダメなの? どうせ今夜だけなんだからいちいち移動することもないんじゃない?」 「そうね。私の部屋は複室で同室は空いてるけど、隣の部屋は他の輸送管理官たちがいるわ。寝ているとしたら物音を立てて移動することはいろいろとよくないわよね?」 「それもそうだな」 結局、元の部屋に戻ることにして、おやすみの挨拶をする。 明日の朝に次の駅ベルクに到着する。束の間の休息である。 「ちょっと、わたしの話に付き合ってくれない?」 髪を払いながら、少し照れたようにメリーは言った。 自室に篭もろうとしたカートはドアノブを回す手を止めた。 「最近ね……独りで暗いところにいると……涙が止まらなくなるのよ……」 なるほど、わかったようにカートはつぶやき、そっとメリーの頭を撫でる。 「怖いのか」 小さく俯く。 「誰もいなくなっちゃたから、わたしの周り……」 これが…… 「これが、最後の夜かもしれないし……」 明日に臨検があるという。それが事実で、もし捕まってしまうことになったら、身柄はどうなることか悪い方に考えてしまえば震え上がる毎日だ。メリー曰く、同じロイヤルブルーで陸軍元帥だった皇太子は日の当たらない牢獄に監禁されているという。 「生きている保証なんてないし」 「……わかった。気持ちが落ち着くまでなんでも話してくれ」 メリーは少しだけ、嬉しそうに微笑んだ。 「私にはロイヤルガードのリュミエールという男がいつも付き添ってくれたわ。私、彼にいつも言ってたのよ、鉄道に乗って遠いところへ行ってみたいって。あいつはいつも私のわがままにつきあって、周りから怒られてた。でも、なにかあると必ず体を張って私を守ってくれるの」 「なんだ、のろけ話か」 「いいから最後まで聞きなさいよ」 「わかった。それで、そのナイトはいまどこにいるんだ?」 「さあ? ロイヤルガード制が解体されてクビになったって聞いたけど……」 あまりにもあっさりとその後の話をする。その表情は冷たかった。 「会ってないのか?」 こくりと頷く。 「革命軍のせいでロイヤルガード制度解体は皇族直属奴隷の解放とか言われてたけど、実際はロイヤルガードを吸収して皇族の情報を掴みたかっただけなのよ。あいつら適当な口実つけて利用してるだけ。打倒皇室だって、権力が欲しいだけの口実に過ぎないわ。それで、リュミエールはわたしについての情報提供求められたみたいなんだけど……適当に喋ればよかったのに、だんまりをきめとおして左遷よ、馬鹿でしょ」 手振りを交えて、いかにも腹立たしいとばかりにメリーは語る。 「なるほどな……」 少し真面目にカートは同意した。だが、俺と同じタイプだ……とは流石に口に出来なかった。 「まあ、そこが良いところでもあるんだけどね……」 「……そいつのこと、好きなのか?」 「……あえてノーコメント。認めると、つらくなるし」 力無く笑っていた。 「そうか。俺もわからないでもない」 少し影を落としていたメリーの表情が突然変化する。 好奇心に満ち溢れ、目を輝かせる。 「あらー、どういう意味かしら?」 「いいだろ、俺のことなんて」 「ダメよ、私は色々話したじゃない。協力関係にあるんだから、あなたのことも知らないと」 もっともらしいことを言い張り、つめるよ。罠だった。そのことに気づいてからでは遅かったのだ。 「いつ協力関係になった」 カートはいつの間にか圧倒されていた。 「いいから話しなさいよ、どうせ別れた恋人のことでウジウジ悩んでいるんでしょ」 カートは少し赤くなった。 「どこで聞いたんだ、そんなこと」 「役得よ、役得」 「まったく」 「で、どうなのよ」 「……あいつは、ローズはベルクの市民憲兵だ。俺が出張に行ってる間に、あの男に言いくるめられて革命大好き人間になっちまったんだよ……これで満足か」 「そ、そう……あの男って?」 「今議会を支配してるなんとかっていう議長だ」 すぐにピンと来たようだ。 「ああ、あのハゲオヤジ。叔父様たちに惨めな思いをさせてるサイテーの男ね」 「貴族出身の癖に労働者を知ったかぶりやがって、聞くたびに反吐が出るな」 「なんでも地下活動時代は強盗して活動資金つくったいうじゃない、それでよくもあんな口叩けるわね」 「そうだ。帝国の貨物輸送車に因縁つけて襲ったんだ、ふざけてやがる」 二人は共通の敵を見つけ、散々悪口をつぶやいていた。 「あの男さえ、いなかったら……」 変なところで気が合い、夜が更けてなおお喋りは続いた。カートの手にいつの間にか握られた酒瓶が少しなくなっていき、全部なくなる頃にはメリーはベッドの上で転がっており、カートは椅子の上でぐったりしていた。 そして、朝になった。 前へ/次へ |