MisticBlue>小説コーナー>トランスポーター web版(DL版はこちら→txt、zip) 「トランスポーター」 1.厄介な荷物を積む夕方 2.日暮れ時の変装 3.真夜中の打ち明け話 4.朝もやの臨検 4 朝もやに蒸気を混じらせ、列車はベルク駅に滑り込み、ブレーキ音をとどろかせ、停車。 待ち構えていたように赤い制帽白いシャツ、揃いのピンバッジをつけたベルク地方市民憲兵団が列車に取り付いた。 片メガネの度の修正をしていたキャプテンの目でも、先頭に立っていたのが女だということはわかった。 「分隊長のローズ=ホーリックスです。すべての民に代わり、我々がこの貨物を臨検させていただきます。まずは乗員をここに集めてください」 腕を直立不動に上げる、新式の敬礼。 「言いがかりではないのかね?」 「善良な市民からの通報です。私たちはそれに応じたに過ぎません」 「お手やわらかに頼むよ」 キャプテン=オーグリーの余裕にローズは不機嫌さをあらわにした。だが、カートの姿を見て、少女のような明るさで微笑んでいた。カートは制帽のつばを下ろして見ないようにしていた。 ステップを降りてきたメリーはローズの姿を見て、なにやら感心していた。あれが――カートの元恋人。顔立ちは美しい。どうみてもカートより年上で、自立心が態度にあふれていた。 だが、その後ろによって来る金髪の男の存在に思わず一段踏み外した。 ずっこける一歩寸前で手すりにつかまるも、すぐに視線は金髪に向かった。 「ローズさん、乗員十二名このとおりです。名前を読み上げましょうか?」 金髪の青年、独りだけ赤帽を被っていないが制服だけは変わっていた。ロイヤルガードのものではなく、ローズや彼女に従う男たちと同じ、市民憲兵のそれに。 ローズはリュミエールの言葉にうなずき、リュミエールはキャプテンにうながした。 「ではまず、運転手アーサー=フェイム、スウェイン=ルーラー……続いて輸送管理官カート=シーリアス、ミハイル=グリーリー……食堂車配膳係オーシャン=パステル、メリー=トゥルーズ、最後に車掌ホワイト=オーグリーだ。以上十二名です。問題ありますかな」 「紹介ご苦労である。これより同志による面通しを行う。リュミエール、よろしく頼む」 金髪の青年は気難しい顔をして、頷いた。 一列に並んだ乗務員を端から順に顔を検分していく。 亡命皇女の面通しには元ロイヤルガードの彼以上の適役はいなかった。普通に考えれば間違えるはずがないのである。 キャプテンとは知己のようで、お久しぶりですなどと会話を交わしていた。 「おぬしがこんなところにいるとはな」 「左遷ですよ」 リュミエールは笑って言う。 次にカートの前に立った。 「英断に感謝します」 小声でそう言っていた。 カートはなにも言わなかった。 緊張する他の輸送管理官の前は笑顔で通り過ぎる。 パステルの前を通り過ぎる。 そして、リュミエールは立ち止まった。 列の一番端に立ち、肩を震わせていたメリーの前で。 じっと彼女を見つめる。 メリーは視線を逸らして俯いていた。 「どうして、震えているのですか」 リュミエールの手がメリーの肩に触れた。 それでも、メリーは顔を上げなかった。 「怖いのです、こういうの、初めてですから……」 「大丈夫です、落ち着いてください」 発音が美しく、優しい声音だった。 「こういう時代ですので、毎日苦難があるかもしれません。でも、気を強く持って生きてください。私はいつだってあなたの味方です」 馬鹿ね……声にならない言葉で返事をしながら、定型句を口にしていた。 「……ありがとう……ございます、騎士様」 「どうした、その娘になにかあるのか」 ローズの言葉に、リュミエールは当たり前の様に宣言する。 「問題ありません。我々の存在に怯えていたので敵ではないことに気づいてもらったのです」 その高らかな宣言に、メリーは驚き、リュミエールの背中を見つめるが、視線が帰ってくることは無かった。 「では次に積荷を調べさせてもらう」 二号寝台車はリュミエール。三号貨物はワタシ、四号タンク、五号食堂車は……とローズはテキパキと指示を与える。 三号貨物、つまりはカートの荷物はローズが調べる。カートはキャプテンに向かって肩をすくめてみせた。 「各乗務員は食堂車にて待機。なお、出入り口には我々の監視を置く」 続けて、ローズは得意げに指示をする。 「メリー、お茶を淹れてくれないか」 「わたしを小間使いみたいに使うの、あんたが初めてよ!」 カートの要請にむすっとしながらも、メリーはキッチンへ向かった。 ひょっこりと食堂車に顔を出したのは、ローズだった。 当たり前の様にカートの隣に座った。 「あんまりくっつくな。取調べ相手と癒着してどうするつもりだ」 辟易するカートをよそに、ローズは寄り添って手帳をめくる。 「これからいくつか質問させてもらうわ」 「何でも聞いてくれ……」 「一つ目、今回のカーゴの数は」 「八だ。ボックスは十五と誤着が一つ」 手帳の数字と見比べながら、ローズはうなずく。 「二つ目、正規乗務員以外の怪しい人物をみませんでしたか?」 いちいち楽しそうにくすりと笑う。 「知らないな。この列車に乗っているのはすべてキャプテンの認可を受けたものしかいない」 「三つ目、今夜の帰りは何時ですかっ」 「今夜はファイナリア泊まりだ。その次の日はトゥルーズ地方経由で帝都に戻る。そこから先は未定だ」 「帝都ではありません、行政都市アーリィ・レッドです。もう皇帝の都という名はふさわしくありません」 「そうだったか。忘れてたよ」 「四つ目、自宅に戻るのは、いつになりますかぁ」 だんだん言葉が甘くなってくる。 「……会社に聞いてくれ」 「聞いたわ。出発の時間に間に合えば、帰宅は自由だって。本部発表よ。でも、あなたの自宅はいつからか寝台車になってしまったのね」 「そうかもしれないな、それは本当に職務の質問なのか」 「当たり前でしょう」 ローズは快活に笑った。 「それでは、最後の質問です」 お茶を運んだメリーは黙って二人の前にカップを置いた。ローズは礼を言わず口につけて、次の言葉をひねり出そうとしていた。 「ワタシの、今の仕事、あなたに譲ったら、あなたは……帰ってきますか」 カートはお茶を一気にあおって、立ち上がった。 「カート! あなたはワタシの仕事が気にいらないんでしょ、だからやめる。その代わり、あなたが革命の戦士として目覚めてくれるなら、わたしはそれで……」 「何度も言わせるな。俺は輸送管理官のカート=シーリアスだ。それ以上でもそれ以下でもない」 「それを宝の持ち腐れってなんでわからないの! きゃぁっ」 怒鳴り声はすぐに悲鳴に変わった。思い切って立ち上がった際に、メリーがティーボトルのお茶を引っ掛けてしまったのだ。 「もう、どうしてくれるの!」 制服のズボンのふともものあたりがぐっしょり濡れていた。あわててパステルが間に入り、必死に頭を下げる。 「ごめんなさい、このコまだ新入りのもので」 「ああ、さっき怯えていたコ! 手間ばっかり掛けてくれるわね!」 怒気をはらんだ声に反するように、メリーはちょこんとしか頭を下げなかった。 カートのことでぴりぴりしていたローズを激怒させるには充分だった。 「なによ、その目つきは。生意気。プライド高い貴族が市民を馬鹿にした目だわ。ワタシたちは市民を代表する組織なのよ。失礼しましたくらい言いなさいよ、ほら」 引き裂くような手で、ローズがメリーの頭に触れる寸前、カートの手が伸びた。 「やめろ、大人気ない」 「やだ、このコに味方するのね。どうして? どうしてワタシの言うことを少しも聞いてくれないの。ワタシはあなたのためなら、なんでもできるのに……」 「行こう、着替えるんだろ」 「待って、このコの謝罪がまだよ」 「あとで俺が叱っておく」 「ワタシのために?」 「ああ、そうだよ」 釣られた返事にもかかわらず、逆に機嫌をよくしたローズは部下に着替えを用意させるように言いつけて、自分も出て行った。 そして、束の間の静けさが訪れた。 カートは黙って椅子に座った。 「……怒ってないの?」 「いや、感謝している……」 カートは仏頂面であった。 「素直ね……でも、そうは見えないけど?」 「追い払えたのはいい。でも解決にはならない」 「どうするつもり? まだ好きなんでしょ?」 「自分の問題を解決してからにしてはどうだ」 「……」 メリーはだんまりをきめこむも、すぐにその表情が緊張した。 リュミエールがやってきたからだ。すっとその場から離れ、キッチンへ向かった。 「カートさん、寝台車の検査はすべて終了しました。異常がなかったことを報告します」 「わざわざありがとう。これで安心して眠れる」 カートは冗談めかして笑う。 リュミエールも釣られて笑いながら、小声で続けた。 「姫様に伝えてください。香水の瓶と芳香機は置きっぱなしにするなって」 リュミエールの発言に驚くよりもさも当然とばかりに、カートは不満を口にした。 「俺の言うことなんて聞きゃしない」 「いや、割と気にいられていますよ、カートさん。あなたが思っている以上に」 「光栄だね。こんな短期間にそんなことがわかるなんてな」 「わかりますよ。それこそ、手にとるように」 リュミエールはそれを喜んでいるようだった。 「話はしないのか」 「自分の言葉は伝えたつもりです」 「勝手な言い分だな」 「お互い様ですよ、ローズさんに譲るつもりはないでしょう?」 「立場が違うさ」 だが、会話を横切るように、手が伸びた。 「どうぞ、お茶です。自分勝手なお二人さん」 メリーがお茶を注いだカップを置く。カートとリュミエールの分。 「ありがとうございます」 リュミエールの言葉にメリーはぷいと横をむいて去っていく。 「いいのか?」 「お茶を出されるのは初めてです……感慨深いな。いつも僕が出していた」 リュミエールはメリーに向かって笑顔で手を振っても、じっとリュミエールを見ていたメリーがまた横を向いた。 「これでいいんですよ、お互いのためにも」 じっくりとお茶を味わうリュミエールだが、不機嫌な顔をしだしたカートを見て、一気にカップをあおった。誰が現われたのか、すぐに見当がついたようだった。 「ローズ分隊長、貨物および寝台車の検査はすべて終了し、異常はみあたりません」 「まだ調べたりないわ、どこかに隠しているかもしれない」 部下からの報告を受けて、露骨に悔しそうな表情を見せる。 「異常が無いのなら、定時に出発したいのだが、協力してもらえないかな。我々が立ち往生しては次の列車がこの駅に辿り着けなくなる。市民のためというのなら、ルールは守ってもらいたいな」 キャプテンが片メガネを外し、磨きながらそう言った。静かだが、その裏にこめている言葉にローズは唇を噛んで、部下に撤収を宣言する。 キャプテンが異常ナシの書類を受領し、それを掲げ、運転手に合図をする。運転手ははりきって、汽笛をならした。出発なのだ。 食堂車に集まった乗務員にキャプテンは告げた。 「諸君、我々はこれより旧帝国領を抜け、ファイナリア共和国ファイナリアシティへ向かい、すべての荷物の引渡しを行う。我々の無実を証明してくれたベルクの市民憲兵に敬意を表しつつ、定刻通り出発する。この町を抜ければ国境である。ご苦労であった」 キャプテンは自ら良くないといった旧帝国式敬礼を行った。 輸送管理官は全員で旧帝国式敬礼で続く。 メリーも彼らにならった。 「もう、大丈夫だ」 カートはメリーのかつらを外すと、鮮やかな青い髪があらわになった。同時に涙があふれ、不思議と涙が止まらなかった。そして、そんなメリーに最初にハンカチを渡したのは、やはりカートだった。 「なによ、出来レースじゃない……」 「そうでもないさ」 そう言って、車両の外へ向かう。 「どこ、行くの……」 「アイサツだよ、別れのな……来るか」 「イヤよ、わたしはまだあきらめない」 蒸気と汽笛が響き、列車は移動を開始した。 もくもくとたちこめる蒸気の中、それを追いかける女の姿があった。 あおられる風に赤い帽子とピンバッジのついたジャケットを吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえ、一人の男の名前を叫ぶ。だが、その者は一向に姿を現さない。 そして、車両が次々と女の目の前を通過していった。目的の人物が乗っている車両はあっという間に過ぎ去り、女は崩れ落ちた。 だが、最後の一両の貨物列車に男の姿があった。帝国式敬礼で佇んでいた。 女は顔を上げることなく、その姿に気づかず、傍らに立つ金髪の青年だけが帝国式敬礼で返事をした。 前へ |
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