MisticBlue>小説コーナー>トランスポーター web版(DL版はこちら→txt、zip) 「トランスポーター#2」 1 2 3 4 2 巨大な三角屋根のプラットホームに停車中の列車から、次々と台車がレールを滑って降りてくる。プラットホーム越しの荷役の手に渡り、行き先別に仕分けられていくのだ。 その様子をじっと見つめ、あるいは手伝い、カートは汗を流していた。けっして制帽を脱ごうとせず、伸びはじめた無精ヒゲにほこりがまとわりついて口元が少し黒っぽくなっていた。これが終われば半日の休みだという思いで鏡を見て、今日の仕事に取り組む、輸送管理官のカート=シーリアスはポケットから懐中時計を取り出して、作業効率を計算した。 隣の仕分け所からは遅れてるぞ! という怒鳴り声が響いている。別の列車のベテラン中年輸送管理官だった。荷役を指示する声がカートの作業場まで響いてくる。 「遅れてますかね」 手ぬぐいで頭を拭く荷役の中年の男がさりげなく、カートに困った顔で問う。隣がああもガンガン言われているのだから、気になるのだろう。いかにも不安そうだった。 「いや、時間どおりだ。焦る必要はないさ」 明るい声でカートは答える。 カートの返事で荷役の男の表情も柔らんだ。 「若いのに、気を遣ってくれるじゃないか」 ぽんぽんとカートの背中を叩き、作業に戻る。 普段なら、たとえスケジュール通りでも遅れているといって急かすのが監督のやり方だ。荷役を急かして決められた時刻より早く仕上げれば、輸送管理官はその分、自分の休息をとれる。次の積み込みと出発までの時刻はゆるがないため、列車に常駐する輸送管理官は自分の時間がとても少ない。だからこそ、荷役をこきつかってでもけっして焦らせないやり方はカート独自なものであった。隣がどんなに急がせても、カートのチームの作業量が時刻どおりなら、輸送管理官として文句一つ言わない。 「時間どおり、ケガなく、間違いなくやってもらえればいいんだ」 煽って、焦らせた結果、大事故がおきたことだってある。あれはカートが荷役時代のことだった。一介の労働者は体が資本だ。大ケガでもしたら、仕事にならない。仕事がなければ、食っていけない。それをわからせてくれた事故だったのだ。仲のよかった同僚の痛ましい声はカートが“良い輸送管理官”になろうと思いたったきっかけだ。昔を思い出し、目を閉じた。本当にあれは残念な事故だった。 ふと鼻腔をくすぐる香りがふとカートを我に返した。 目を開けると、ウェーブのかかった青い髪を後ろにまとめた少女が両手に大きなバスケットを抱えて近づいてくる。 カートを睨みつけるように唸った声で、 「はい、これ。みんなで食べなさいよ!」 バスケットを差し出す。フタをあければ、焼きたてのホットドッグの山盛りだ。 よく焼けたソーセージが空腹を刺激する。肉体労働をしている男たちであるから、やはり肉には敏感だった。 「ああ、ありがとう。できれば飲み物も欲しいな」 カートから素直な感謝の言葉がもたらされた。少女はその青い瞳を丸くしながら、少し赤くなって言葉を紡いだ。 「私を、メイドのように使うのね。……いいわ、待ってなさい! 人数分今すぐ持ってきてあげるわ。いいわね、絶対に待ってるのよ」 びしっとカートをめがけて指を差して宣言し、返事を待たずに、スカートの裾をもちあげて小走りに食堂車に駆けていく。その後姿を見ながら、荷役の若い男がつぶやいた。 「あんな娘がいたんですか、驚きだ。それにしても青い髪とは珍しいな。まるでロイヤルブルーだ」 「そうだな」 カートは笑って答える。 帝国皇室のみが受け継ぐといわれる、青い髪と青い瞳。革命政府によって打倒されてしまった帝国国家の寵児がこんな辺鄙なところにいるとは誰も思わない。考えもしない、勘ぐりもしない、そんな土地だからこそ、ああやって自由に髪を振り乱しながら生活ができるのだ。 制帽の下、カートはひそかに微笑む。 だが、一緒に作業している男の言葉に引っかかった。 「そういえば、今日の朝も青い髪の娘を見たな。なかなか可愛くて、年の割に落ち着いてるし、俺はどっちかって言うとあっちの方が好みだな」 「なんだ、お前はケツの青いような女が好みなのか?」 「バカヤロウ、比較の話だ。好みで言えばだな……もっとナイスボディじゃないと……」 男たちのくだらない話をカートはじっと真面目に聞いた。 「それはいつの話だ?」 思わず会話に割って入る。 「お、興味あるか?」 「いや、取引相手だ」 「たしか事務所のほうだったな」 「わかった。ありがとう。ちょっと行ってくる。ココを頼むぞ」 カートは足跡を追うように貨物列車のプラットフォームから降りて、隣の棟へ向かった。 仕事を他人に任せてでも追っかけることをしてしまったのだから、途端に話題の中心になる。 「真面目に見えて、実は惚れっぽいとかな」 「いいじゃねえか、若いうちはみんな女のケツを追っかけるんだよ。俺は未だにそうだけどよ」 ガハハと男たちが笑う横で、ふと、にこりと笑みを浮かべる少女がいた。 「カートはどこへ行ったのかしら?」 私はゼッタイに待っていろと行ったのにね、とあくまで笑顔を絶やさずに。 両手に持った温かなコーヒーの入ったボトルをいつとも投げ出さないか、男たちは冷や汗をかいた。 今や忘れ去られた帝国皇女であるメリーベルの笑顔にはその迫力があった。 貨物駅の隣の棟にある、トタン屋根の事務所のカウンター。カートは貨物引き取り人の受付簿を慌ててめくった。カートの勘が正しければ、そこにある名前が記載されているはずだった。 事務員の中年の女性は代わりにお調べいたしますよ、とカートに声をかけるが、まるで聞こえていないように意識を集中させて受付簿のページをめくる。今日到着の列車はなにもカートの列車だけではない、ここではすべての列車の貨物引取り人がやってきて、この受付簿に名前を記入するのだ。荷物の宛先と照合して、引き渡し場所に案内する。だとすれば、大事な“荷物”であるメリーを引き取る人間が来ている可能性がある。その名前こそが……だが、顔は知らない。 あった。 後日引取りのサインがある。 なにかしらの理由ですれ違いになってしまったのだろう。 思わずカートは舌をうった。 一番最初に処理しなくてはならなかった仕事だったのだ。 一言も文句を言わず労働者たちの昼食作りに励むメリーベルの姿をみて、ふとそれを楽しみにしたのがいけなかった。所定の場所にとっとと連れて行けばよかったのだ。 まったく迂闊なことをしたものだ。 ――まあいい、メシにするか。 せっかくはりきってつくって昼食だ。食べてから考えよう。 カートは元の作業場に引き返そうと、受付の女性に名簿を借りることを告げて、振り向いた瞬間、息を切らせ、深刻な顔をしたメリーがそこにいた。 「……どうした?」 名簿を自然な仕草で、脇に抱える。 「……はあ、はあ……お、お姉さまが私を迎えにきたって、ホントなの?」 事情を推測し、彼女のなりの結論がそこにあった。 「落ち着けよ。まず、どこでそんな話を聞いたか、教えてくれ」 「あなたが青い髪の女の子のことで飛んで出て行ったって聞いて、ピンと来たわよ!」 「……いや、気のせいだったようだ。戻ってメシにしよう」 できるだけ、自然の動作で肩を叩いた。 「……そう…………なんだ」 言葉尻にかけて、声のトーンが落ちる。 「もし、誰も私を引き取りに来てくれなかったら……私はどう……なるの?」 カートは振り向かずに答えた。 「引き取り人不明は廃棄か買取、あるいは返却。ま、当分は食堂車のお手伝いさんでもいいじゃないか」 答えはなかった。カートは構わず、作業場に戻ることにした。 名簿に書かれた名前と住所を確認しながら。 炎の広場地区5番街10番地20号。ここにもう一人の皇女殿下が住んでいると思うと、とてつもない資料を抱えているような気がした。 後ろからすすり泣くような声が聞えてくる気がするが、きっと気のせいであると決めて、振り向かずに歩みを速めた。 前へ/次へ |