MisticBlue小説コーナートランスポーター web版(DL版はこちら→txtzip)

「トランスポーター#2」


 
 
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 窓からの景色は見渡す限りの大海原。
 切り立った崖の海岸線に掛けられたアーチ状の鉄橋をリズミカルな音を立てて走る列車の窓、雄大な自然の光景を眺めても厳しい表情の若い女性がいた。橋の下では波が岩にあたり砕ける、自然の荒々しさが延々と繰り返されるが、彼女、ローズ=ホーリックスの心境もまさにそうだった。自身の思いは波に打たれる岩のようだった。しっかりと気持ちをもっているつもりにはなっているが、常に押し寄せる波に少しずつ、自分自身が削られていく。削られきったら、どうなってしまうのだろうという不安を残し、目を閉じた。
 ちょうど、トンネルに入ったところだった。岩をくりぬいたトンネル内に列車の走行する音が反響する。
 今日は赤い帽子を身につけていない。一般の旅行客の様に、やわらかなコートに首まで覆うセーター、古ぼけたジーンズに身を包んでいる。隣の座席にハンドバックを置いて誰にも座らせないようにしたが、対面式の座席には男の姿があった。
 行きがけに買ったきたのだろう、リンゴの皮をひたすら薄く剥いている。ナイフの柄は禍々しく歪んでおり、刃も緩やかな曲線が鋭さを感じさせる。明らかに戦闘用の刃物だった。
 列車がトンネルに入ってしまえば明かりの灯らない室内は真っ暗になる。男はリンゴの皮を剥く手を止める。トンネルから列車が出れば手を動かし始めるのだ。透けて見えるほどの薄さに。
「ねぇ、それ、なんのためにやっているの?」
 ローズは目の前で行われる変態的な行為に冷ややかな口調で問うた。
 男はにやりとした。
「こうやってないと落ち着かなくてな。おまえさんこそ、ずっと不機嫌じゃないか。今回の任務のパートナーだ、お互い仲良くやっていこうぜ」
「そうね」
 ローズはその気もなく、適当に相槌をうつ。
「皇女さまってのはまだ十代の若い女だろ。スカイブループリンセスっていうくらいだから、よっぽど綺麗な肌をしてるんだろうな、今から楽しみだぜ」
 スカイブルーの意味を勘違いしている、とローズは思ったが、特に何も言わず黙っていた。相変わらず続く、海岸線の景色に視線を戻す。カートと一緒にこうやって列車に乗って二人で景色が綺麗だなどと言っていた時分があったなとふと懐古する。目を閉じれば、その時の光景が思い起こされる。
 “ここはその昔、世界の果てだといわれるほど、延々と崖が続くところだ”“それをたった三年で列車が走れる道をつくったのが帝国陸運であり、ファイナリアの国の人たちだ”“このファイナリア海岸線が開通したことで、経済が発展し、ファイナリアは帝国をはじめとする諸国に肩を並べる国家になったんだ”カートの得意げな解説が再び頭の中で再生する。
 世界の食糧庫と呼ばれるようになったファイナリア盆地まで、もうすぐである。海岸線から内陸に進路を向ければ、すぐにでも広大な小麦農園が見えてくるはずだった。
 都会育ちのローズにはその光景は絵画の中でしか、見たことがなかった。トンネルを抜けたとき、窓からの景色には驚いたものだった。青い海が終わったと思えば、今度は金色の麦の海。あの時はカートのガイドに感心しながら、目は風景に釘付けだった。
 だが今は、そんな時を思い出すと気持ちが揺らぐ。徐々に侵食されていく波打ち際の岩ではないが、押し寄せてくる感情や任務、状況に打ち克ってはいかなければならない。
 だが、それはなんのために?
 疑問と矛盾はまるでトンネルに似てる。
 目の前の男、ロベルト=リーズンは剥き終わったリンゴを下手からポーンと空中に放り投げ、追って素早くナイフを投げた。ナイフはリンゴの果肉を貫通し、そのまま壁に突き刺さる。本人はけらけらと笑っている。
「危ないことはやめてもらえない?」
 ロベルトはローズの言葉を無視し、今度は懐からピストルを取り出し、ぱきぱきと解体する。メンテナンスのつもりだろう。
「可愛い顔には刃物を突きつける方が俺としては好みなんだがなぁ、こいつは追い詰めるために必要な道具だ。綺麗に手入れしてやらなきゃなあ」
 ローズはぎょっとした。
 そして、ふと気づいたことがある。
 ――この人も厄介者か。


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