MisticBlue小説コーナートランスポーター web版(DL版はこちら→txtzip)

「トランスポーター#3」


 
 
 
 
 
 





 夕陽はファイナリアを取り巻く山並みの向こうへ姿を隠す。やがてじわりじわり夜の帳が下りてくるというころ、カートはあてがわれた寝台車の薄暗い個室へ戻ってくるなり、持ち上げ式の窓を全開にした。勢い良く風そよぐ中、制帽を脱ぎ、壁のホルダーに向かって放り投げる。
 室内に吹き込む温い風に短い髪が揺れた。風に当たり、玉のような汗が冷える。それを気持ち良いと思いながら、窓際に干してあったタオルで思いっきり顔を拭くのだ。荷役ではないとはいえ、どうしても荷物の積み込みを手伝ってしまう。そうしなければ気が治まらないというカートのこだわりだ。輸送管理官は極端の話、指示だけ出していればいいのだ。
 だが、それだけでは終わらないし、気にいらないというのがカート=シーリアスというトランスポーターの特徴だった。
 荷役はカートのチップに満足して、今夜も酒盛りだ。
 それでいい、と満足げに笑みを浮かべ、支給されたブーツを叩いて紐を解く。街を歩くための靴に履き替えるのだが、それはカートにとっては珍しいことだ。
 汗まみれの白いワイシャツからシックで色柄なTシャツ、適当なジャケットに羽織り、懐中時計と財布を忘れずに携帯する。
 身支度を整えながら、お姫様の舌にあう料理屋を考えるが一向に浮かばない。
 怒られるのを覚悟で馴染みの店につれていくかと考えるもイマイチ。
 考えがつかず、乱雑に窓を閉めた。窓枠のぶつかりあう盛大な衝突音があたりに響き、やがて、残響が消えたあと、静寂がひときわ心に残る。
 カートは少し、息をついた。
 息の音が聞こえるのがなんだかうっとうしい。
 ――馬鹿馬鹿しい。なんでこんなことで俺は。
 クソっと悪態をつきながら、まずはキャプテンに外出許可をとらないと、と鍵も掛けずに部屋を後にした。

 ちょっとした小間使い、給仕になってみるのもおもしろいとはいったものの、メリーは少し肩で息をしていた。荒っぽい態度の乗務員たちの夕食――とはいえないような軽食――の準備や片づけが深窓の令嬢には過酷な労働であるには違いない。
 一通り終わって、適当に切り上げる。エプロンを折りたたんでおばさんに返して、気持ち急ぎ足でカートの部屋に向かった。
 別に待ってろとも言われてないが、待たせて小言を言われるのも癪だと歩きながら考える。
 それに、ファイナリアの街ははじめてなのだ。
 自然と頬がゆるんで、火照ってくるのがわかる。
 いやな感じだとも思う。
 でも他に相手がいないのだから、しかたない。せいぜいつかってやろう。
 息を吸って、咳払いし、コンコンと扉を丁寧に叩くが、反応がない。
 む、と思って今度は強めにノックする。反応は無い。
 肩透かしもいいところだ。
 ――寝てるんじゃないかしら。
 そしたらぶっとばしてやろう。
 そう思い、ドアノブを回すと鍵はあいている。
 寝てるのね、と確信をもって踏み込むも、部屋はしんとしている。
 脱ぎ散らかした制服とシャツだけがある。
 パステルおばさんに教わった、輸送管理官用の洗濯物カゴの在り処をきょろきょろ見回し、部屋の隅に見つける。つまむように拾い、カゴに放り込んで床が綺麗になったところで窓際の椅子に座った。
 蒸し暑いので窓をあける。
 勢いよく流れ込んだ風がメリーの髪を揺らし、そして、机の上に置いてあった受付台帳のページがパラパラと勢いに任せてめくられた。手元がヒマなので、ついその台帳に手を伸ばし、何気なく目を通す。
 本当に何気なく目に入った、荷物引取り人名簿のタイトルがメリーの心を鷲づかみにした。
 思わずページをめくる。
 見方はよくわからないが、名前の欄を一気に流していく。
 よく見れば、日付がある。今日の日付。それを目印にその周辺の名前らしきところを注目する。日付で絞ればみるべきところは少ない。荷物のタイトルやらは知ったことではない。
 問題は引き取り手のサインだ。
 真剣に文字を追う目がぴたりと止まる。
 ある筆跡に、心臓が高鳴る。
 滑らかでありながら可愛らしさの残る、特徴ある字体。
 このサインは何度見たことか。
 思わず口元を抑えてしまう。
 ミスティ=トゥルース。震える唇が読み上げる。
 ――お姉さま。
 迎えに来てくれている。
 また、私がその想いに応えられてない。
 後日引取り? なんでそんなことに? この列車は明日朝までしか止まっていないのに。
 この機を逃したら、どうなるんだろう。また一人ぼっちではないか。
 それはイヤだ。
 我慢していた感情が発露するように涙がぽたりぽたりと受付簿に落ち、染み入る。
 まずいと思って拭っても、止まりそうも無い。
 フタをしていた気持ちが溢れてくる。どうしてか涙が止まらない。
 一緒に過ごした二年間の思い出がとめどなく、流れていく。
 最初、姉だと紹介された時。生き別れの実の姉。人とは違った力をもたされたことで宮廷に溶け込めない、おろおろする姉は嫌いだった。私はいじめたんだ。それでも私に優しく接しようとする、腹立たしいくらい健気に。
 なんで思い出すんだろう。
 なんで涙が出るんだろう。
 ごしごしと袖で拭いてると、そっとハンカチが目の前に突き出される。
 顔をあげれば私服姿のカートがバツの悪そうな顔をしていた。
「なんで、黙ってたのよ」
「声を掛けるタイミングがなくてな」
「うそつき! なんでお姉さまのこと、知らないなんて言ったのよ!」
 メリーの声のボリュームが一気に上がっていた。
 カートは冷静に応える。
「悪いな。まだ、知らせるべきじゃないと思ったんだ」
「バカっ!」
 握り締めたハンカチごとカートの胸倉を掴む。
「勝手なこと、いわないでよ!」
「タイミングが悪かっただけだ。どうやっても姉さんのところへは届けるよ」
「そういうことを言ってるんじゃないの!!」
 冷静に応えるカートに頭きて、歯を食いしばりながら、メリーは訴える。
「どうしてウソをついたのよ! どうして教えてくれなかったのよ!」
「混乱させたくなかったんだよ、わかってくれ」
「わからないわよ、バカ!」
 どうしてみんな、私に隠し事するのよ……蚊の鳴くような声でメリーはつぶやく。
 落ち着かせようと、カートはメリーの肩に手を置いた。だが、メリーはそれを振り払ってカートから身を離す。
「私が行くわ」
 カートは眉をぴくりと動かした。
「私がお姉さまを迎えに行くわ」
 決断してからは早かった。
 涙はあっという間に止まり、力強く歩みを進め、気づけばドアノブに手をかけていた。
「どこ行くんだ」
「お姉さまのところよ」
「道、わかるのか」
「それくらい、なんとかするわ。バカにしないでくれる。私は荷物じゃない!」
 そういって、ドアを勢いよくあけて出て行ってしまった。
 髪をぐしゃぐしゃとかいて、参ったなと独り言をこぼしたあと、カートはメリーの姿を追いかけたが、もちろん廊下にもメリーの姿はもうない。
「まったく……」
 仕方無しにプラットホームに降り立つ。
 静かだった。
 並列的に立ち並ぶ街灯が夜の闇の中でぼんやりと輝き、その下で誰かの駆け足の音だけが響いた。
 それも聞こえなくなると、本当に静かだ。
 だが、コツンコツンとこの場には珍しいヒールの音が響く。
 手を振って、灯りの下に姿を現した彼女を見て、カートは思わず顔を覆った。
 世の中はなんでこう、めんどうくさくできているのか。
 その女性はカートの姿を確認して、彼の態度を予測できたのか、力無く、笑った。



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